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会社案内

昭和44年 丸善製麺工場
現在 丸善製麺工場
手延べそうめんは、慶長年(1598年)お伊勢参りに加わった池田町の農家の一人が、大和の国の三輪村(奈良県桜井市)で手延べそうめん作り技術を習って帰り、作り始めたといわれています。
 
自家生産した小麦を自家労働によって加工する手延べそうめんの導入は当時、麦・サツマイモの栽培が中心で、現金収入がほとんどなかった農家にとって大きな福音となり、小豆島一円に普及し、その後、瀬戸内海地方や九州地方で大変評判になり、徳川時代の末期から明治の初期にかけて小豆島の重要な産業となりました。そして、雨が少ない瀬戸内の自然環境も手延べうどん、手延べそうめん作りに適していました。
 
小豆島では手延べうどんを、こびきそうめんとも言います。
手延べそうめんはうどんのように太い麺を少しずつ手で延ばして細くしていきます、腰がつよく品質の良い麺でなければ切れてしまいます。
こびきとは小引き、つまり少ししか引き延ばしてない太い麺の状態の事をいいます。
手延べ半生うどんは、つくりたての風味を味わっていただけますように、その太麺を乾かしきらない状態で一袋づつパック致しました。

代表プロフィール

私は麺つくりに強いこだわりを持っております。
従業員の皆様と共に私自身が素麺、うどんを製造する事により生産量はかぎられますが、
常に高品質な麺をお客様にお届け致します。
 
幼少の頃より稼業を手伝い、大学卒業時には手延べそうめん製造全工程を習得しておりました。
稼業を継ぐため、経営学科卒業後帰省し、現在に至るまで30年以上切磋琢磨の日々です。
今後共どうかご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
 
丸善製麺工場有限会社
3代目社長 三木 一史

小豆島に帰省後現在までのおもな活動経歴

池田町青年団 副団長(現在小豆島町池田青年団)
ITS池田町テニスサークルを起ち上げる
池田町立幼稚園PTA 会長(現在小豆島こどもセンター)
池田町立池田中学校PTA 会長(町村合併にともない統合)
小豆郡PTA連絡協議会 会長
香川県PTA連絡協議会 理事
池田町商工会青年部 部長(町村合併にともない統合)
小豆ブロック商工会青年部連絡協議会 会長
香川県商工会青年部連合会 副会長
小豆島町池田北地地区 副総代
小豆島町池田北地区氏子 総代
小豆島テニス協会 会長(2018年現在)

会社概要

会社名
丸善製麺工場株式会社
所在地
〒761-4301 香川県小豆郡小豆島町池田2392-2
電話番号
0879-75-0465
FAX番号
0879-75-2060
代表者
代表取締役  三木 一史
設 立
昭和53年
資本金
300万円

丸善製麺工場の歴史

明治29年頃
初代善五郎(三木家9代目)22歳
既に祖父の頃より農閑期に素麺を造っていたとの事。
昭和33年
2代目宏允20歳 兼業農家より製麺業への移行を始める。
初代善五郎の善の一字をとり、丸善製麺と命名。
当時素麺組合へ素麺を卸していたが、個人販売を始める。自転車に18㎏箱を2箱積み一軒一軒個人宅を訪問するが売れず、最後に1軒の米屋さんが2箱まとめて買い取ってくれたのが今日に至る始まりだった。
当時一般の素麺より値段を高くしていたが、自分の造った素麺にはそれだけの価値があると言い、値段は下げなかった。
その後、素麺の味は徐々に評判になり、3年後には完売するようになる。
昭和49年
香川県食品衛生会長より食品衛生向上の模範として表彰される。
昭和53年
資本金100万円で丸善製麺工場有限会社として法人化。
昭和62年
販売管理システムを構築(自社独自のシステムを発注)。オフコンによる販売管理を始める。当時ウインドウズ(パソコン)は無く、コボル(コンピューター言語)によるオフコンを使用する。
平成元年
香川県知事より食品衛生優良施設として表彰される。
平成03年
200万円増資により、資本金300万円となる。
平成12年
3代目社長 三木一史就任。三木宏允会長に就任。
平成16年
ホームページ開設。インターネットによる受注を開始。
平成19年
工場に隣接して販売所、試食所を設置。
平成30年
ホームページをリニューアル。

アクセスマップ

丸善製麺工場有限会社
― Maruzen seimen ―
 
【住 所】
〒761-4301 香川県小豆郡小豆島町池田2392-2
 
【交通機関】
・池田港よりお車で、5分
・土庄港よりお車で、15分
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